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雨の音楽室

あまり知られていないことだが、この高校には第二音楽室なるものがある。
普段は使われることの無い旧館に位置しており、プレハブの部室棟や裏庭の杉木立のおかげであまり目立たない。
ミハルは、いつものように得意の“スキル”で簡単に旧館の鍵を開けてしまった。旧館全体に鍵がかけてあるせいか、第二音楽室には元々鍵がかかっていない。がらんとした空間に、ぽつんと一台のグランドピアノが置かれているほかは、後ろの方に何台かの机やイスがかためて置いてあるだけだ。
「全く、ミハルの兄貴のおかげだな。」
思わずニヤッと笑ってしまった俺を、ミハルは睨みつけた。
「別に好きで覚えたんじゃないもん。それより、早く!」
「ん・・・。」
僕らは、誇りっぽい教室の隅にかばんを敷いてその上に座り、互いの肩を寄せ合った。
「次に来るときは、掃除道具も何か持ってきましょ。」
「そのぐらい、ここにだってあるだろう?」
「んー。それもそうね。」
言うが早いか、ミハルは俺の肩に両手を乗せて、顔を近づけてきた。鼻先が触れ合う。
「知ってる?相手が本当に自分が好きかどうか試す時って、こうやって相手に思いっきり顔を近づけてやるの。」
「そうすると、どうなるんだ?」
相手がドキドキしちゃって顔をそらしたりするんでしょ、と小さな声でささやいて、ミハルは俺の唇をペロッとなめた。
思わず彼女の頭の後ろに手を伸ばしてしまう。ミハルの髪から、さっきから甘い香りが漂ってきているのを、俺の持てる自制心を総動員して無視していたのだが。
「誰かに、見られるかも、知れないぞ。」
「そんなの知らないわよ・・・。」
今日の外は雨模様だった。そのため、普段から暗い場所に立地しているこの旧館の中は薄暗く、外から覗かれたとしてもほとんど中の様子は分からないことだろう。
「じれったいわね。早く脱がせて?」
ミハルが羽織っていたカーディガンを脱がせ、埃がまだそんなに溜まっていないピアノの下に放る。続けて、ブラウスの首元に巻かれているリボンを取り、上から一個ずつ丁寧にボタンをはずしていく。
「そういえば、ブレザーはどうした?」
「体育の時間からロッカーにおいてある。今日はちょっとあったかかったじゃない。」
隣同士に座りながら彼女の服を脱がせるのに苦労していた俺を気遣ったのか、ミハルは俺の胡坐をかいていた脚の上にまたがった。
「もう、じらすのはあんたの役目じゃないんだからね?」
服を脱がせるのを俺に任せたまま、ミハルはまたも俺の唇をぺろぺろなめ始めた。
「旨いのか?俺の唇は。」
ミハルは答えない。とりあえず、ブラウスの前は開いてしまったので、スカートのホックに手を掛ける。ミハルは無言のままひざ立ちになった。このままスカートを落とせということらしい。器用にもぞもぞともがいていると、彼女はブラウスを羽織っただけの姿で、俺の目の前に体育座りを開脚したような形になった。
「すげー、いろっぽいぞ。お前。」
彼女の頬はすでに真っ赤に染まり、目は熱く潤んでおり、息も多少荒くなっているようだった。
「どうしてほしいのか、言ってみな。」
「それはわたしのセリフよ!」
お互いの唇を隙間なく埋めあうと、俺ら二人はお互いの唾液を交換し合いながら、舌を絡めた。ふ、ふ、と、時折ミハルの鼻から息が漏れる。思わず鼻をつまんでいたずらしてやりたかったが、我慢する。頬の辺りにくすぐったいのだ。
お互いの脚を絡めあって座っていたせいか、どっちかが身じろぎすると、相手の体制が崩れてしまう。二人とも楽な姿勢になるまで少し時間がかかった。
埃っぽい音楽室で、お互いに上気したからだ。べとべとする感触。なぜか全てが心地よかった。ミハルも同じ思いなのか、キスをやめると俺の腕の中に甘えるように飛び込んできた。
「今日はもうおっきくなってる?」
「え!?」
「だって、いつもわたしとこうしているとき、おっきくなってないでしょ。気づいてるのよ。」
悲しそうな目で俺を見つめながら、ミハルはわたしが欲しくないの、とつぶやいた。
「いや、あの、多分いつもは緊張してるんだと思う。俺、彼女ができたのはミハルが初めてだからさ。」
「ほんとう?わたしのこと、本当に好きなの?」
「当たり前じゃないか。」
俺が不甲斐ないばかりに、ミハルに恥ずかしい思いや不安で悲しい思いをさせてしまっていたんではないかと思うと、急に心臓をつかまれたような気分になった。もしかすると、今日のミハルがいつもより大胆な振る舞いをしているのはそのせいだったのかもしれない。思わず彼女の髪をなでる。透き通るように、俺の手のひらをすべっていくミハルの髪。首の後ろから手を入れてみたら、上気したからだのせいで後れ毛だけが少し湿っていた。
ミハルは俺の心臓の音を聞いているようだった。
俺はこのまま二人でキスだけを続けていたかったのだが、ミハルは違ったのかもしれない。
心臓の鼓動が、少しづつ早くなっていく。
「涼子さんのことは?」
俺の胸がドキンと一度大きく高鳴った。ミハルにも気づかれたかもしれない。
あれは、単なる憧れだよ。そう言おうとした俺の目の動きを、ミハルは見逃さなかった。
帰る、と一言だけ告げると、ミハルはさっさと服を調えて立ち上がった。
「待てよ!」
振り向かせたミハルの目は、涙でいっぱいだった。
「ごめん、もう、無理なのかもしれない…。」
彼女の気持ちを察することができずに、俺はいつの間にか彼女に溜め込ませてしまっていたのだ。

人物設定など。

世界・時間設定
現代日本(2008年3月現在)。
主人公の父が年度末に転勤になることから物語がスタート。

一般的な地方学園都市。駅前には多くの学生が集まる。
海が見える見晴らしのいい公園があり、観光スポットになっている。

人物設定
上条家
 上条誠(主人公)16歳。清和大付属高校に通う。高校2年。
 上条悟(主人公の父)43歳。大手建設業者に勤務する。上海において合弁会社建設の指揮を取る。
 上条京子(母)42歳。息子を溺愛。

上条家(分家)
 上条飛鳥(父の妹)27歳。悟の義理の妹に当たる。未婚の母。まじめだが思い込みの激しい性格。今年、大手メーカーの派遣社員から異例の正社員となる。
 上条雅(飛鳥の娘)10歳。誠の従妹。小学5年生。

上条家(本家)
 上条祖父(主人公の祖父)66歳。
 上条祖母(祖母)50歳。元の夫と死別し、今の夫と夫婦となる。

和泉家
 和泉美春(主人公の彼女)16歳。主人公と同じ高校に通う。勝気な性格。いかなる鍵を作ることができる特技を持つ。
 和泉響(彼女の兄)19歳。清和大学2年生。

黒神孝彦(飛鳥の恋人)28歳。フリーライター。

水上涼子(主人公の先輩)18歳。清和大学1年。

些末な情事

 この状況は、もう、自分は飛鳥さんに嵌められてしまったのだと思うしかない。
 1時間前にはこんなことになるとは思っていなかった。今、飛鳥さんは俺の腕枕で眠っている。その姿は、ほとんど無防備な小学生と変わらなかった。
 
 飛鳥さんは、俺の親父のコトをずーっと好きだったらしい。その、ずーっと、というのは、親父と飛鳥さんが兄妹になる前からの事のようだった。
 その年の差はなんと16歳である。どうしたらこんなに年上の人物を好きになれるのだろうか?
 俺の祖父母は、今も仲睦まじく田舎暮らしをしているが、実は二人は再婚同士である。二人とも前の伴侶と死別し、共に連れ子をもっていた。二人が結婚したとき、親父は23歳でお袋ともまだ出会っておらず、今の職場に就職したばかりで、飛鳥さんは7才だった。親父自身も、二人の結婚には反対こそしなかったが、相当の戸惑いはあったらしい。
 飛鳥さんは、今10歳になる娘さんがいる。
 その娘さんができたのも、相当親父への横恋慕が下地にあっての、周囲への反発が表に表れてのことだったそうだ。今から10年前だから、俺も丁度7才のときのことだ。 
 俺と俺の親父は、周りのオトナに言わせると、そっくりなのだそうだ。
 最近では自分でも気づき始めたところだったけれども。
 飛鳥さんにいわせると、「優しいところまでそっくり」、なのだそうだ。

 彼女が16歳になった時、親父は32歳だった。
 大手の建設会社に勤める親父は超多忙で、お袋もパートやPTAその他の地域の活動などに熱心な性格だったため、小学生の俺は祖父母の家に預けられる事が多かった。
 ある日、その頃はまだ電車で数駅しか離れていないところに住んでいた祖父母の家に向かうため、いつものように小学校から俺は駅へと直行した。これまたいつものように、高校に通っていた飛鳥さんが駅まで迎えにきてくれており、飛鳥さんと共に祖父母の家へと向かう手はずになっていた。しかし、その日だけはいつもと様子が違っていた。
 俺に会った瞬間、飛鳥さんは泣き崩れたのだ。
 
「あのときのわたしはね、ちょっと不安定だったのよ。」
俺の腕枕に上機嫌だった飛鳥さんが、ちょっとだけ声をおとしながら話した。
「丁度あなたと同じ年だったわね。高校2年にあがる直前で。」
「そうですね、春先だったように思います。」
「いやあね、敬語はやめて。ちゃんと恋人同士みたいにしてよ。年の差だってたったの10歳でしょ?恋人だって言っても全然不思議じゃないわ。」
俺は、そういう飛鳥さんにちょっと辟易した。飛鳥さんは、苦い顔をしている俺には特に頓着する様子もなく、話を続けた。
「そのときだけは、家に帰りたくなかったの。どうしてそうだったかは、ちょっと言いづらいんだけど、聞かないでくれるかな。」
「ええ。」
敬語での返事にまたムッとした表情になったので、やれやれと思いながら、うんと答えなおした。
「そのままあなたの家、つまりこの家なんだけど、に直行したの。覚えてるでしょ?で、マコちゃんとゲームで遊んだ後、二人して疲れて寝ちゃったのね。」
それは覚えていた。その頃、買ってもらったばかりのジェンガにはまって、二人で散々遊んだのだ。
「そうこうしてるうちに、あなたのご両親が帰ってきたの。暗かったから、わたしとあなたの靴があることにも気づかなかったのかもしれないわね。二人っきりで食事して、凄くいい気分にでも浸ってたんだと思う。」
その後は、俺もあまり想像したくない展開が待っていたようだ。
息をつめて存在を消すことに徹する彼女のいる隣の部屋で、俺の両親が夜の営みを始めてしまったらしい。
「もう、本当になきそうだったのよ!二人とも、わたしのお兄さんであり、姉な分けでしょ?その二人が獣みたいに激しく絡み合ってるのを一部始終見ちゃったんだから!」
「・・・。覗いてたの?」
「・・・。そういうことになるわね。」
飛鳥さんが、ここまで話してきてはじめてバツの悪そうな顔をする。
それからすぐにできた彼氏との子供が、今のみやびちゃんなのだそうだ。
「もう!本当に、あんたの親のために、人生を棒に振っちゃったわよ!!」
飛鳥さんはそういって満足そうに笑顔を振りまいた。

みやびの日記

3月9日、日曜日。
今、わたしには高校1年生のお兄ちゃんがいます。
先週の日曜からです。
というのも、わたしのお家が引越をして、お兄ちゃんの家にイソウロウすることになったからです。
実は、わたしはお兄ちゃんのことが大好きです。
はあ、書いちゃった。ちょっとすっきり。
今、わたしは小学4年生。今年の春からは、お兄ちゃんが2年生、わたしは5年生です。年齢の差はずっと一緒で6才差。わたしとお兄ちゃんは誕生日まで一緒なので、どんなときでも7才差です。あーあ。つまんない。
お兄ちゃんは、みんなからマコちゃんと呼ばれています。
本名を誠、というからです。
わたしのお母さんまで、マコちゃんのことが大好きみたいです。この前、マコちゃんの部屋で寝ているお母さんを目撃してしまいました。こんなこと、今まで絶対無かったのに。黒神さんが前のお家に来た時だって、わたしに見つからないように玄関先に車を止めて、ひっそりとキスしてたのに。
でも、お母さんが本当に好きなのは、今も昔もマコちゃんのお父さんなんだって!
これは、お母さんから直接聞きました。
マコちゃんのお父さんには、実は引越の前に見送りにいったときに、一回しかあっていません。
あんまり覚えていないけど、マコちゃんにそっくりだった!
ちょっとつかれてる感じが、とってもかっこいい!

そうなの、今日、すっごくびっくりしたんだけどね、今日、お兄ちゃんとお母さんが、一っしょに寝てたの。
ねえ、これってどう思う?
おかあさんが、マコちゃんのうでまくらで、すっごい気持ちよさそうにしてたんだよ?

雨の音楽室?

彼女のカーディガンが、ピアノの下にまだ転がっていた。
俺もミハルも気が動転していたのか、カーディガンに全く気づかなかったようだ。

2月の中頃に春一番が吹いて、それから少しずつ温かくなってはきていたが、まだこのシーズンである。日も暮れかけてきているし、おそらくミハルも寒い思いをしているに違いない。
白に近い、薄いグレーのカーディガンだ。ちょっと埃が付いていたので数回はたくと、通学かばんにたたんでしまいこんだ。しまう前に、ミハルの匂いをかいでしまったことは、男じゃなくたって、誰にだって納得できることだろう?
雨の音楽室は、底冷えのする寒さだった。
ここもまたすぐ使うかもしれないと思い、音楽室の裏にあった雑巾を持ってきて、水道でぬらした。驚いたことに、水はまだ通っているようだった。防火設備とリンクしているのだろうか?
床をさっと拭き掃除して、雑巾を裏返す。ちょっと拭いただけで、埃がわんさと付いていた。気持ちが悪いので、また水場にとって返してすすぐ。そうして何度か繰り返していくうちに、音楽室の前方、グランドピアノの周囲だけが異様にぴかぴかになった。おそらく、元が元だったので、その反動できれいに見えてるだけかもしれないが。

ぬれた雑巾を乾かすため、水道のタイルの上にひっかけた。この乾燥した季節のことだから、かぴかぴに乾燥するまでに1日もかからないだろう。
 やれやれ、と、俺は一息ついた。
無心で手を動かせていたために、さっきの衝撃はいくらか和らいでいる。
ミハルの唇の感触が、今も俺の唇に残っている。もう一度ミハルの匂いをかぐためにカーディガンを引っ張り出そうか真剣に悩んだが、やめておいた。あまりに女々しい自分に嫌気が差しそうだったからだ。
 しかし、とにかくこれはミハルに返さなくてはならない。
ミハルがすでに家に帰ってないとするならば、寄り道していくところは一つである。『喫茶ジュノン』。それが、いつも俺ら二人のたまり場であった。
一応、ケータイの着信を確認するために、かばんを開いた。奥底に眠っているケータイを引っ張り出す。この高校は、ケータイを学校に持ってくることを禁止としている、いまどき珍しい高校だった。持ち物検査で引っかかるため、サイレントモードにしてかばんの奥底にでもしまっておくのが生徒たちほとんどの通例だ。
「メール 一件」
「まだ、学校に残ってる?今ロッカールームにいるんだけど。」
 ミハルからだった。
 「ああ。音楽室でぼーっとしてた。」
 送信ボタンを押して、ついでにサイレントモードから通常のマナーモード―バイブが振動するヤツだ―に切り替える。
 そのまま数分待っていると、遠慮がちに旧館のドアが開く音がした。
 「カーディガン。」
 ああ、といって、かばんから引っ張り出す。ミハルはすでにブレザーを羽織っていた。それを脱いで、ブラウス1枚の姿になる。
 「ごめん、わたし、どうかしてたのかも。」
 肩を落としたミハルは、グランドピアノの方に近づいて、そのままカーテンの外を覗いた。防災上どうなのかと思うが、この部屋は来たときからすでにカーテンが閉じていた。雨模様を見つめながら、ミハルがつぶやくように話し出した。
「涼子さん、今年で卒業しちゃうでしょ?告白とかしなくていいわけ?」
お前はさっきから何を気にしてるんだ。まったく。
「だってさ、あんたに告白したの、わたしの方からだったから…。」
「好きじゃなきゃ、お前と付き合うって言わないよ。」
「そんなこといったって、いっつも言ってたじゃない。涼子さん、涼子さんって!」
ミハルは、カーテンを閉じなおして俺の方に向き直った。
「って。あれ?なんかさっきよりきれいになってない?この部屋。」
急に恥ずかしくなって、今度は俺がうつむいた。
「ははーん。わたしが戻ってくると思って、きれいにしておいたのね。感心かんしん。」
ミハルがゆっくりと近づいてくる。さっきまでの自信のなさそうな表情が微塵も残っていない。
俺も、自分のブレザーに埃が付いていないか確認する。決定的証拠となってしまう。
「マコトのて、赤くなってる。水が冷たかったんでしょ。」
ミハルの手が、ミハルのカーディガンを持ったままの俺の手を包んだ。
「お前だってその格好のままじゃ、寒いだろ。はやく着れよ。」
「いや。マコトに抱きしめてもらうのが先。」
たまらなくなって、ミハルの髪をなでた。ミハルに後ろを向かせてカーディガンを肩に掛けてやると、それを包むように抱きしめる。
「あったけえ・・・。」
「当たり前じゃない。だてにあんたの彼女をつとめてないわよ。」
よくわからない文句を言ってくるミハルを黙らせるために、彼女の耳元でささやいてやった。
真っ赤になった彼女は、うつむいて俺に表情を見せないようにして、バカ、とつぶやいて俺の手をつねった。